〈訳〉
従来の馬耕犁は西洋の形をまねて作られているため、形も大きく重く、日本在来の馬にはあわないものであった。また、値段も十円以上と高値であり、農業に熱心な者であっても購入、使用することにとても不便を感じていた。
しかし、このたび、この馬耕犁に精通した人達が集まり協議してさまざまな工夫をこらして軽便な馬耕犁を製作し試用したところとても良い結果を得たという。
この新しい馬耕犁は付属の道具もすべて付いて一セット四円とのこと。販売所は一番丁の農具製作所である。
2008/07/28 20:28|仙台・生活|Trackback:(0) |▲Top



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Author:sucre1800
これは、明治時代、仙台市内などで購読されていた奥羽日日新聞の記事から、当時の仙台、近隣町村などのようすが想起される記事を集めたデータベースです。
私自身の調査・研究の過程で集まった副産物ですので、入力ミスや読み違いもあるかもしれません。もしレポートや調査などでこれらのデータをお使いになるのでしたら、宮城県図書館、もしくは国立国会図書館収蔵の、原本をご確認されることをお勧めします。